福岡地方裁判所 昭和26年(レ)10号 判決
控訴代理人は、原判決を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴人において「本件土地の地上権は建物所有のためのもので、本件土地の現況は宅地であつて、現在その上に家屋が建つている。」と述べ、控訴代理人において「右事実はこれを認める。又被控訴人が昭和二十二年度分の地代としてその主張のとおり供託していることも認める。(一)そして、昭和二十一年十月一日から施行された同年勅令第四百四十三号地代家賃統制令第十三条によつて地代の物納契約は禁止されるに至つたのであるが、本件公正証書記載の契約によれば地代は一ケ年玄米四斗入四俵であつて若し玄米で支払いができない場合は時価で支払う旨の約定があるから、ここに地代は弁済期における玄米四斗入四俵の時価で支払われることになつたのである。而して昭和二十一年度の玄米の生産者価格は石当り金五百五十円であつたから本件土地の一年分の地代たる玄米四斗入四俵の価格、従つて本件土地一年分の地代の前記勅令の停止統制額は金八百八十円となつたのであるが、控訴人は被控訴人の懇請によつて右停止統制額の範囲内で年額金二百四十円に減額し、前記勅令に従つて昭和二十三年十月三十日控訴人、被控訴人連署の上県知事宛右地代の届出をなしたのであるから、年額金二百四十円が本件土地の地代となるわけである。そして、控訴人は昭和二十一年度分地代として金百二十円を受領しているから昭和二十一年度分については残額金百二十円、昭和二十二年度分については全額金二百四十円の地代が未払となつているわけである。なお、控訴人は右未払地代額を超えて強制執行しているが、ここに右超過の請求権を有しないことを認め減額する。(二)若し仮りに前記減額契約が成立していないとするならば、前記のとおり本件土地の地代の停止統制額は年額金八百八十円であるから、その範囲内の年額金二百四十円は当然請求できるわけである。(三)次に被控訴人は昭和二十一年度分の本件土地の地代は金百二十円と主張するのであるが、これは農地調整法第九条の二第二項、同法施行令第十二条、昭和二十一年農林省告示第十四号に根拠をおいて玄米石当り金七十五円によつて算出したものと思われる。然しながら右は農地の小作料についてのみ適用されるべきもので本件の如き建物所有のための地上権の地代は生産者価格を基準とすべきである。(四)最後に仮に本件土地の地代の契約が物納契約で前記勅令の停止統制額がないものと見做されるとしても、無料ではないので裁判所は前記勅令第十条によつて相当と認められる地代を認定しうる権限を有しているのであるから、前記地代換算額に基いて適当に本件土地の地代を認定さるべきものである。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和十年五月二十七日付福岡地方裁判所々属公証人安藤茂九郎作成第三九〇六八号公正証書によつて控訴人から同人所有の福岡県鞍手郡宮田町大字磯光字天萩千三百八十二番地の二雑種地四畝二十九歩の内北側土地四十六坪(現況宅地)上に地上権の設定を受け、爾来この土地に家屋を建築し使用していること、右公正証書の契約による地代が一ケ年玄米四斗入四俵であつて毎年十二月十日支払うこと、若し玄米で支払うことができないときは時価で支払うこととなつていること、控訴人が右公正証書に執行文の付与を受け、この執行力ある正本に基いて昭和二十一年度分の地代を金六百四十円、昭和二十二年度分のそれを金二千八百円としこの二ケ年度分の地代から昭和二十一年度分中被控訴人が既に支払つている金百二十円を控除した合計金三千三百二十円について昭和二十三年四月一日別紙目録<省略>記載の物件に対して強制執行を為したことはいずれも当事者間に争がない。
それで先ず、昭和二十一年十月一日から施行された同年勅令第四百四十三号地代家賃統制令によつて本件土地の地代が定めのないものとなつたか否か定めのあるものとすれば、同令にいう停止統制額は如何なる額になつたかについて考えるに、同令第十三条の規定によれば、地代として金銭以外のものを受領する契約をし又は受領することはできないこととなつたのであるから、本件土地の地代契約の一ケ年玄米四斗入四俵というのは無効になつたものと解すべきであるけれども、本件契約においては前記のように若し玄米で支払いができない場合は時価で玄米四斗入四俵の代価を支払う旨の定があるから、その額の地代の定めがあり、これが同令第三条にいう停止統制額となるものと解するを相当とする。蓋し、同令第十三条は、単に地代の物納契約を禁止したのみで、物で定めた地代の代価を以て支払う旨の定めある場合その代価による支払の契約をも無効とする趣旨の規定と解すべきものではないからである。
そこで、その額は如何というに、右にいわゆる時価というのは、自由経済においてはその時の需要と供給とによつて定まる自由価格を指していることは、本件地代の定められたのが前記のように昭和十年中のことで、その当時は未だ米価の統制の行われていなかつた事実に徴して明である。しかしながら、本件で問題となつている前記勅令第十三条の停止統制額を定める昭和二十一年九月三十日当時においては、米価は既に統制せられて右の意味における時価なるものは、存しないのであるから、この米価の統制せられているときにおいては、本件地代契約の時価というのは、如何に解したらよいであろうか。
この点につき、被控訴人は、農地の小作料につき定められた玄米の公定価格によるべきである旨主張し、控訴人は、その時における玄米の生産者価格によつて換算すべきであるという。思うに、農地の小作料については昭和二十一年四月一日施行の昭和二十年法律第六十四号による改正農地調整法第九条の二によつて、物納を禁止すると共にこれに違反する契約については命令の定めるところにより金銭に換算された小作料の額を以て契約したものとみなす旨規定され、而してその額については、農地調整法施行令第十一条第一項は、農林大臣の定める価格とするところ、昭和二十一年農林省告示第十四号によれば、玄米によつて定められていたものについては石当り金七十五円と定められることになつたのであるから、本件のように、玄米を以て地代を定めて玄米で支払うことのできないとき、その時価で支払うこととなつている地上権の地代は右農地の小作料と甚だ相似たところがあるけれども、該小作料の玄米の価格は、いわゆる小作関係の特殊な事情に着目して法定せられたもので、これを以て本件地代契約における玄米の時価という訳にはゆかず又本件のように建物の所有を目的とする宅地の地上権の賃料を農地の小作料と同様に取扱うことも適当ではないものといわねばならない。次に玄米の生産者価格は、従来は主としてその年々の生産費を基にして定められ、昭和二十一年度産米の価格決定よりはじめていわゆるパリテイ計算方法が採用せられ玄米の価格を定められることとなつたものである。それでこの生産者価格も前記の意味における時価ということは勿論できないけれども、右のようにその年々の生産費等を基にし又はパリテイ計算方法により定められるものである点から考えると米価の統制せられた時期においては、玄米の生産者価格をもつて本件地代契約における時価に該るものと解するのを最も妥当とするというべきである。而して本件停止統制額の基準日である昭和二十一年九月三十日における玄米の生産者価格は昭和二十年農商省告示第二百五十二号、同二十一年農林省告示第四十三号に明なように十瓩当り金百十九円七十銭(但し福岡県における三等米の価格)であるから本件地代である一ケ年玄米四斗入四俵の生産者価格は金四百七十八円九十二銭(一斗を十五瓩とする)となること計数上明である。然らば本件地代はその停止統制額として、一ケ年金四百七十八円九十二銭となつたものといわねばならない。然るに控訴人は、本件地代を右停止統制額の範囲内である年額二百四十円とすることにし、当事者双方連署の上所轄地方長官に届出でたというが、当事者間において地代を年額二百四十円に定めたことについては、これに添う原審における控訴人本人尋問の結果は措信し難く他にこれを認むるに足る証拠は存しない。もつとも乙第三号証の三地代届書の付箋部分には地代年額二百四十円なる旨の記載があるけれども、該付箋部分は被控訴人においてその成立を否認するところ、この点に関する右控訴本人尋問の結果は、信用し難く他にその成立を認め得べき証拠がないので、同号証の付箋部分は遂にその成立を認めるに由ないから、同号証によつては地代を年額二百四十円と定めた旨の控訴人の右主張事実を認めることはできない。然しながら控訴人は、本訴において本件公正証書による本件地代の請求金額を昭和二十一、二年度分各金二百四十円に減額したところ、被控訴人が昭和二十一年度分の本件地代として金百二十円を支払済であること及び昭和二十二年度分金百二十円については控訴人においてその受領を拒んだのでこれを供託済であることは控訴人の認めるところであるけれども、なお被控訴人において本件地代を昭和二十一、二年分各百二十円の未払あること明であるから、本件公正証書は昭和二十一、二年分地代につき右未払分についてはその執行力あること論を俟たないところである。従つて控訴人が被控訴人において昭和二十一、二年分の本件地代につき未払ありとして、右公正証書の執行力ある正本に基いて別紙目録記載の物件に対して為した本件強制執行は違法という事にはならないから、右強制執行不許の裁判を求める被控訴人の本訴請求は棄却を免れない。
そこで、原判決を取消すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条、第九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 野田三夫 入江啓七郎 矢頭直哉)